金融立国のススメ

平成18年度末において、日本は、ダントツで世界一の対外純資産保有国である。

   上位五カ国及びG8      

  • 日 本 215兆0,810億円 (2006年末)
  • ドイツ 87兆8,730億円 (2006年末)
  • 香 港 51兆8,313億円 (2005年末)
  • スイス 46兆6,147億円 (2005年末)
  • 中 国 33兆9,138億円 (2005年末)
  • フランス 22兆8,189億円 (2005年末)
  • ロシア ▲ 5兆1,993億円 (2005年末)
  • カナダ ▲ 5兆6,182億円 (2006年末)
  • イタリア ▲ 6兆6,453億円 (2005年末)
  • 英 国 ▲ 61兆9,239億円 (2006年末)
  • アメリカ合衆国▲ 300兆3,752億円 (2005年末)

(注) 1. 日本以外の計数については、各年末のIFSレートにて円換算した。
   2. 台湾及び一部中東諸国等については計数が公表されていない。
(出所) 日本:財務省資料
その他:IMF「International Financial Statistics (IFS)」 他

http://www.mof.go.jp/houkoku/18_g3.pdf


そして、日本が、この対外純資産から受け取る収益(「所得収支」=利子・配当による収支)をみると、平成18年度では、14兆2500億円であり、ナント、輸出で稼ぐ額(「貿易収支」=10兆5000億円)を上回っている(http://www.mof.go.jp/bpoffice/bpdata/s1bop.htm)。

しかしながら、この約14兆円の内訳をみると、直接投資:3兆円、証券投資11兆円であり、証券投資の内訳をみると、配当金が1兆1000億円であるのに対して、利子が9兆8000億円である。これは、日本の対外純資産のほとんどが、債券で運用されているということである。

債券の運用リターンは、当然のことながら、株式や不動産などのリターンに劣る。仮に、現状の債券投資(しかも、ほとんどが米国債)のリターンが5パーセント程度だとすると、この収益率を15%にするだけで、所得収支は倍増する。

215兆円の対外純資産。猫に小判、宝の持ち腐れになるか、それとも、21世紀の日本の基礎体力となるか。後者がいいに決まっている。優秀なファンドマネージャーが切望される所以である。


貿易収支と所得収支の関係をみると、この20年間で日本の対外収支の構造が激変したことがわかる。

         貿易収支       所得収支     
昭和60年度 12兆9500億円  1兆6000億円
  ・
  ・
平成16年度 13兆1500億円  9兆6000億円
平成17年度  9兆5000億円 12兆6500億円

日本は、輸出収益ではなく、投資収益で利益を上げる国になったのである。
今後は中国やインドその他の発展途上国が世界の工場となる以上、このような日本の国際収支の構造変化の流れが進むことはあれ、戻ることはない。

しかも、少子高齢化や非製造業の脆弱性、どうもパッとしない政治・外交(苦笑)などの理由により、将来にわたって、円の価値が下がり続ける可能性は十分にある。


別に、アメリカみたいな国になればよいとは思わない。アメリカは製造業を捨てた紛れもない金融立国であり、綺麗に装った人々が行き交う都会のすぐそばにスラム街がある一方、一部の人々が使いきれないマネーを所有している。もちろん、成功者を讃える風土や寄付の精神など、見習うべきところもあるのだが、日本人的感覚からすると、アメリカは全体としてのバランスが悪いように思う。


他方、かつて世界を席捲しながらも、衰退の途をたどった元・世界の工場イギリスは、現在、金融業で世界での存在感を高めているし、近年はポンドがますます高くなっている(ポンド建ての給料だとウハウハなのになぁ)。2006年には、ついに一人当たりGDPで日本を抜いた(あぁ・・)。そんなイギリスを模範にすべしという声は多い。
ここで注意すべきは、イギリスの製造業の現状は、元・世界の工場という面影は全くないということである。MGローバーの経営破たんは記憶に新しいが、これには政府が多額の支援を行っているし、その他にも破綻企業やその社員に対して政府資金がつぎ込まれている。日本の製造業が、未だ強みを残しているのとは対照的である。
しかし、そうであるが故かもしれないが、金融業がその落ち込みをカバーし、雇用を生み出している。イギリス人の5人に1人は、金融業界で働いているという状況に至っているのである(http://www.statistics.gov.uk/CCI/nugget.asp?ID=695&Pos=4&ColRank=2&Rank=256)。
イギリスは、英語という生来のインフラに加え、取引時間がニューヨークとかぶるというロンドンのタイムゾーンという地の利を有する上に、移民を受け入れて経済の活性化につなげている(http://www.statistics.gov.uk/cci/nugget.asp?id=1311)。
なんとか大臣が一人で「日本版シティー構想」などと気を吐いたところで、どうにかなる問題ではない。


個人的には、日本は、高付加価値製造業と、サービス業、そして、金融業の三本柱の国になってほしい。


日本が二度と世界の工場とはなれない以上、「もの作り」は、高付加価値製品において活路を見いだすほかないし、現状もそのような方向に進んでいる。日本製造業が、イノベーションを続けられるかが勝負である。ただし、日本人の繊細さ、そして、細部に美を見いだす感性こそが強みであり、これは他の国々が容易にまねできない、日本人が誇るべき、そして後世に残すべき遺産である(世代交代により今後どうなるかはわからないが)。

サービス業は、生産性が低いとかなんとか言われているが、日本人の礼節・ホスピタリティは、世界でも評価されている。リッツカールトンに負けないくらいの、日本発のサービス業が出てきてもおかしくないし、そうあってほしいと願う。

他方、金融は、まだまだという感じがする。最近こそ、ファンドやM&Aに関する話題が普通になされるようになってきたが、それでもまだ、金融とは汗をかかない仕事であるとか、金で金を儲ける卑しい仕事であるなどという価値観が根強い。ブルドックソースの事件では、普段は判決文の一言一句に最新の注意を払っている裁判所までが、トンチンカンだと誤解されてもやむをえない表現を使う始末である。いわゆる知識社会へと移行していると言われる現状において、旧来の考えから脱却できないままだと、その重要性に気づいたときには手遅れになりかねない。


いずれのせよ、過去の成功体験に囚われず、現状をしっかりと認識して、それに対応しなければんらない。

進化の歴史は、我々にこう教えている。
「環境の変化に適応するために変化できるものだけが、生き延びる」